東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2167号 判決
控訴人の妻岩城ナツキの所有にかかる本訴請求趣旨中に掲記の二階建家屋のうち、本訴で明渡を求めている一階奥八坪二合五勺の部分(以下本件家屋という)を、控訴人が他に転貸してもよいという包括的承諾のもとに同人より賃借していた事実は、当事者間に争なく、控訴人は、昭和十八年中これを被控訴人斎藤春枝に転貸したと主張するに対し、被控訴人両名は、被控訴人斎藤単独でなく、両名共同で転借したと争うので、先ずこの点から按ずるに、原審における控訴人岩城善吉本人尋問の結果、当審証人岩城ナツキの証言、原審における被控訴人土屋達也本人尋問の結果の一部によれば、本件家屋は控訴人が昭和十八年中一たん訴外陶山某に転貸し、同年秋頃同人が他に移転した後改めて被控訴人斎藤春枝に、無断で更に転貸しまたは同居人等を置かざる条件で転貸したこと、昭和二十年の終戦前一時被控訴人土屋達也が本件家屋に同居していたことがあつたが、被控訴人斎藤の弟一家が移転先で戦災に遭い再度本件家屋に引越して来て被控訴人土屋が立退き、その後三年位経て右斎藤の弟一家の引越後、またまた被控訴人土屋が被控訴人斎藤と同居するようになつたこと、控訴人はこの同居につき明示的に承諾を与えたことはないが、内縁の夫婦ものだというので暗黙にこれを承諾していたことが認められ、原審における被控訴人斎藤春枝、同土屋達也各本人尋問の結果によれば、本件家屋の当初の賃料は一ケ月四十五円でその支払人名義は家賃通帳上被控訴人斎藤単独であつたことが認められるから、以上を総合し控訴人主張のとおり、控訴人は本件家屋を被控訴人斎藤に単独で転貸したものであると認定するを相当とする。この認定に反する原審における被控訴人斎藤、同土屋の供述部分は措信できない。
ところが控訴人は、被控訴人斎藤が昭和二十七年四月中に、控訴人に無断で訴外桜井和子、同山本善三等を本件家屋に同居させたから、転貸の際の特約に基ずき同年五月十八日に被控訴人に対し、契約解除の意思表示をしたと主張し、被控訴人等においては、右のように訴外桜井和子を昭和二十七年四月二十日頃から同年五月二十一日まで一時同居させていたこと並びに控訴人主張の頃契約解除の意思表示のあつたことを認め、ただ訴外桜井を同居させるについては、控訴人の承諾を得てあり、仮りに承諾がなかつたとしても、同人を同居させたことにつき賃借人として信義に悖るような所為はなかつた、また訴外桜井以外のものを同居させたことはないと争うので、この点につき審按するに、被控訴人斎藤が訴外桜井を右の如く同居させたについて、当時控訴人の承諾を明示的にも暗黙にも得たと認め得べき確証は十分でないが、右同居させた前後の事情を調べてみるに、成立に争なき乙第二、第三号証、原審証人桜井和子の証言によつて成立の認められる乙第一号証、成立に争なき甲第一、第五号証、原審証人桜井和子、当審証人土屋勇の各証言、原審及び当審における被控訴人斎藤春枝本人尋問、原審における被控訴人土屋達也本人尋問の各結果を総合すると、昭和二十七年四月初めに、当時世田谷区北沢三丁目に間借りしていた被控訴人土屋の養父土屋勇をたよつて来た同郷の学生で、明治大学教養学部に入学できたばかりの、訴外桜井和子、同山本善三、同橋本和男の三人のうち、男子学生と山本と橋本は土屋勇方に同居させて貰つたが、女子学生の桜井だけは狭い部屋に男子学生と同居することもできぬところから、被控訴人土屋のいる本件家屋に、被控訴人斎藤の好意によつて、適当な下宿先のみつかるまでということで、四月二十日頃から別に下宿代を支払うこともなく、同居させて貰うこととなり、その後間もなく文京区金助町に下宿先をみつけそこへ引越さんとしたところ、急に被控訴人斎藤が盲腸炎を患い入院したので、たのまれて留守番かたがた、五月二十日に被控訴人斎藤が退院するまで、引きつづき約一ケ月本件家屋に居住していた事実、その間前記訴外山本善三、同橋本和男は、本件家屋の桜井和子のもとへしばしば遊びに来て夜遅くまでいたり、朝も登校前に訪れたこともあり、また両名が郷里から持つて来た移動証明書の有効その他の関係から、便宜被控訴人斎藤と同世帯の同居人として転入届をなし主食購入通帳に登録を受けたこともあるが、当時桜井和子以外の者が本件家屋に同居したことは、全然なかつた事実を認めることができる。なお右桜井、山本、橋本が被控訴人斎藤の世帯に転入した事情や、それが右認定の妨げとなるものでないことに関する原判決理由中の説示(原判決五枚目記録一〇三丁裏四行目下段より同六枚目表十行目上段まで)は当裁判所の判断と同一であるから、同部分の記載を補充的にここに引用する。また原審における証人岩城ナツキの証言及び控訴人本人の供述中には右認定に反する部分があるが、それは措信できないし、当審における証人岩城嘉一、同渡辺由男、同岩城ナツキの各証言中本件家屋に学生が同居していたということに関する供述部分は未だ以つて前記認定を覆すに足りない。してみると当事者間に争のない昭和二十七年四月二十日頃から一ケ月間訴外櫻井和子を本件家屋に同居させたことにつき賃貸人たる控訴人の承諾がなかつたとはいえ、前記のような事情のもとになされた前示程度の同居を目して、賃借人たる被控訴人斎藤が債務者として遵うべき信義誠実の原則に違背し、契約を解除される程の原因を与えたものと云うには到底当らない。また訴外桜井和子以外には訴外山本喜三、同橋本和男を同居させた事実も認められないのだから、たとえ右両人を同居人として転入登録手続をとつたとはいえ、畢竟控訴人の前示契約解除の意思表示は、いずれの理由からしても解除の効力を生じないものと云わざるを得ない。
更に控訴人は予備的に、前記訴外桜井等が被控訴人斎藤の本件家屋占有の権限内に服しつつ、一時同人から使用を許されたに過ぎないとしても、同居人として転入の届出をなさしめ、相当期間主食の配給を受けしめる如きことは、同居者や転借人を置いたのと何等選ぶところなく、債務者として信義誠実の原則に反する行為であるから、控訴人は本件訴状の送達により契約を解約すると主張するが、被控訴人が訴外桜井和子を同居せしめ、訴外山本、橋本の転入の届出をなし同居者として主食配給の登録をなした事実は、前掲のごとく認められるところであるけれども、前段説示の如く、本件の場合にこれを以つて債務者たる被控訴人斎藤が信義誠実の原則に背反したものというに当らぬことは同じであるから、本件訴状の送達による明渡の請求が同時に解除の意思表示を含むとみることはできるけれども、解除の効力を生ずる余地はない。